ー 22−2 ー


一方、そのころ、
ヒトはすでにシュストーユの付近からは離れ、
賑やかな商店街に繰り出していた。
様々な色のライト、夕焼けのちょうど失せた薄暗さ・・・。
その中を縫うように歩くヒトは、完全に周囲に溶け込んでいた。
でも、彼とて、
行く当てもなくふらふらしている訳ではもちろん無いらしく、
その足取りは正確に距離を刻んでいた。
そして、あれよあれよという間に商店街の端の方まで来ると、
一軒のライブハウスの前で足をとめたのだった。

「今日は18時30分からだったはず・・・」
と、ヒトは備え付けのラックからチラシを一枚とりあげた。
そう、そこにはこのライブハウスで何時どんなアーティストが出演するかが
書いてあるのだ。
彼はそれをサッと読むと
「よし・・・あってる」
と、軽く頷いて中へと入っていったのだった。

中に入ると、ライブハウスの中はやはり薄暗くて、
照明用のライトが静かにステージを照らしているのみだった・・・。
ステージには一人のシンガーがマイクを持って立っている。
ヒトは正面にそのシンガーを見とめると、すぐに空いている席に座った。

「みなさん。こんにちは・・・。
 初めての方は、はじめまして。
 今日は私の歌を聴きに来てくれてありがとう。」
シンガーは観客に向かって軽く手を振った。
そのシンガーは長めのストレートヘアで、可愛らしい顔立ちの女性だった。
彼女の芸名は『mika』。最近、そのミステリアスな声と清楚な容姿で人気がでてきている新人シンガーだ。
彼女はファンの声援に愛想よく微笑んで答えると、
前奏が流れるとともに瞳を閉じて集中に入った。

ー♪フェイクー

歌は静かに流れていく・・・。

ヒトはその様子をじっとりと見やりながら、
ため息をついた。
ヒトの視界はいつもおかしい。
見る世界が、色がついたり灰色に近くなったりする。
原因は本人にもわからない。
病院にいって確かめたから、目の病気ではない事は確かなのだけど・・・。
また、
音も雑音が混じったりして、良く聴こえなくなることがある。
原因は本人にもわからない。
ただ、病院にいって確かめたから、耳の病気ではない事は確かだ・・・。

そして、これは最も彼のおかしな点。
彼は、
・・・時間感覚が狂っている・・・。

つまりは・・・
時間が時によって速く進んだり遅く進んだりする錯覚を受けるのだ・・・。
だから、ほら。
今も、あっと思う間に歌が終わって、
さっきステージに立っていたはずの少女がもう目の前に立っているのだ。

ヒトはやや遅れてその少女を見上げると、すっくと立ち上がった。
「久しぶり」
そう言われた少女、もとい「mika」は、
愛想笑いめいたものを見せてこう言った。
「久しぶり。
 クラスメイトがここに来るのは珍しいわ。
 とりわけ、玖堂(クドウ)くんとはクラス内で話したこともないしね」
ヒトはそう切り出す彼女に対して、ぎこちなく笑った。
そう、彼女はヒトのクラスメイト。
芸名は「mika」だが、本当の名前もミカなので、
ヒトが彼女の居場所を突き止めるのはそんなに骨の折れることでもなかった。
「確かに。いつもはそうなんだけど、
 今日はちょっと用が有ってさ・・・」
「私に?」
「うん」
きょとんとする彼女に対して、
ヒトは普通の学生になりすますように流暢に話した。
学校ではいつもこの『モード』である。
「俺、音楽を聴くのが好きで、
 作曲とかもしようと思っていたんだけど仲間がいなくて、
 つまりは、作曲とか音楽について真剣に考えている人を探していたんだ」
嘘八百とはこのことで、ヒトはもちろん作曲とか音楽とは縁遠い人だった。
それに、いくら作曲が好きで、その仲間が側にいなかったとしても、
無理に仲間集めに奔走するような事は、彼自身無駄だと思っていたので、
本当に今喋った事は丸まる嘘だった。
でも、すべては
次に言うことと道理をつなげるためなのだ。

「それで、君の弟が音楽とか作曲とかが好きらしいってきいて、
 気が合うかなって思って。
 1回会ってみたいと思ったんだけど・・・」

そう、ヒトの狙いは彼女の弟だった。
「私の弟・・・??
 確かにあの子、私と似てて音楽とか好きだったけど・・」
何も知らないであろうクラスメイトは首を傾げる。
ここで、彼女が『好きだった』と過去のことのように言ったのは、
彼女がもう一人暮らしをしている所為かもしれない。
「歳もそんなに離れていないし。
 歌とかも上手いみたいだし・・・」
と、ヒトがさらに付け加えると、
彼女は頷くとも頷かないとも言えない微妙な首の傾け方をした。
「連絡を取ってあげても良いけど、
 ちょっと待って。私、最近忙しくて・・・。
 今週中、でいい?」
「あ、うん。
 もちろん・・・」
と、返事を返しつつもこのとき、ヒトはイヤな予感を覚えた。
なんだか、今彼女にスルリとかわされたような、
ちょっとした猶予的なものを与えてしまったような・・・そんな変な気持ちがした。
でも、無理を言うと、無い疑いが生まれてきそうなので、
ここは何も反論はしないことにした。
でも、実はもう一つ、
彼はミカに訊きたいことがあったのだけど、
それもまた今度の機会にでも聞けばよいと彼は思い至ったのだった。

「じゃ、そういうことで・・・。
 また数日後に此処に来るよ。
 リスマさん」

と、ヒトはきびすを返していったのだった。



       −つづくー




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