− 16-2 −
キャハハ
ふと、廊下のほうから子供の声がした。
「この声は・・・」
アユムは顔をあげると、教室の扉の方に目を向けた!
足音がする・・・。バタバタと廊下を駆けてくる音。
アユムはその場で立ち尽くした。
心臓がドクドクと鳴って、手のひらに汗がにじむ。
(来る・・・!!)
不意に扉がガラッと開いて、金髪の男の子が駆け込んできた。
走ったせいで息があがっている。
「あれ??お兄さん、誰?」
ハーフパンツにTシャツ姿のその子は首をかしげてアユムに尋ねた。
問い掛けるその子にアユムは困惑した表情で立ち尽くす。
(この子・・・・小さいころの俺だ)
しかも、よく見るとその子の髪だけは風になびいていて、
彼が動的なものだということを強調していた。
「事務の人?警備員さん?
あっ、もしかして泥棒?」
年少といってもアユムはアユム、勝手に物事を決め付けるのが得意らしい。
彼はアユムをしげしげと見ると、いたずらっぽく微笑んだ。
「でも、ここには金目のものなんて無いよ。
それに逃げようとしたって、廊下にはまだ倉桐(クラギリ)さんがいるんだから
すぐに挟み撃ちにしちゃうぞ」
(クラギリ・・・・)
アユムが思考を及ばすかおよばさないかの間に、
目の前がにわかに暗転して、アユムの意識はまたしてもがくんと落ちていったのだった。
ザー−ザーザー−−−
右足が今までに無いくらい痛い・・・。息が苦しくて・・・、気持ち悪い。
血の匂いが鼻をついた・・・。
(ああ・・・。このときか)
アユムはふと思った。
体が麻痺しているのが分かる。遠くで声が聞こえる。まさにあのときだ。
「アユム!!アユム!!お願いだから返事をして!!!」
ガクガクと揺さぶられる体。多分母親だろう・・・。
我が子の変わり果てた姿に驚き、気が動転しているのか、
ケガ人に悪いと分かっていてもアユムを抱き起こさずにはいられなかったらしい・・・。
アユムはその声を聞いただけでなぜか安心して、
覚醒してまもなく深い眠りへと落ちていった・・・。
ザー−ザーザー−−−−
今度は背中にやわらかい感触を覚えた。
(フワフワとしていて・・・。布団かな??)
次第に意識がハッキリしてくると、周りの音もはっきりと聞こえてくる。
ピッピッピッ・・・
医療機器の音だ!
何を刻んでいるのか分からないけど、その音は等間隔で流れている。
「ん・・・・」
瞳を開けると、案の定そこには白い天井があった。
(病室だ・・・。俺はここで一ヶ月半過ごした。)
アユムはさっきの事態と対照させて、今いる状況を割り出した。
自分は、病室のベッドに寝ているのだ。
右足は固定されていて、ひざが動かない。
また、口にはご丁寧に酸素吸入器まで付いている。
勿論、腕には点滴・・・。
(ここは現実とは違う擬似空間のはず・・・。
だから、ちょっと位の無理は平気さ)
こんな時に限って変な方向に頭が働くもので、アユムは自らの手で酸素吸入器をはずし、ベッドの側に立てかけてあった松葉杖をとって、何とかベッドから這い出した。
窓の方を見ると、外は夜なのが分かった。
病室の床には、桜の花びらが数枚、病室に入り込んでいる。
(よいしょっと・・・)
アユムは松葉杖を付こうとしてはじめて自分の背が小さいことに気が付いた!
(うっ。まさか当時のままなのか??)
そう、アユムの背は小学生のものそのものだったのだ!
(まあいっか・・・)
しかし、そんなことはさほど気にならなくて、
幾分楽天思考のアユムは松葉杖を何とか使って病室の外へと移動した。
扉を開けると、そこは月明かりだけが壁を照らす幻想的な廊下だった。
(やはり現実ではない)
アユムはそう確信した。
普通は廊下ぐらい明かりが付いているものである。
でも、ここには明かりが一つもともっていない。だから、ここは擬似的な空間なのだ。
ただ、現実には沿っている・・・。今までの空間は少なくとも、アユム自身の過去だったのだから・・・。
この空間もそうだ。
アユムは実際、小学校6年生の時に交通事故で右足を負傷し、
1ヶ月半の入院生活を送ったことがある。
もうすぐ中学校に上がろうという時だ。
・・・と、廊下の奥で、
可愛い声が響いた!
「そこにいるの、誰?」
アユムはぴたっと止まった。
聞き覚えのある声だった!
「クラギリさん?」
アユムは相手を怖がらせないため、すぐに返事をした。
あの人は暗闇の中で震えているのだきっと。アユムがなれない手つきで松葉杖をつく音はなにか異様なものに聞こえたに違いない。
「き、キリハラ君?」
廊下をかける音となにかがバサバサと揺れる音がして、すぐに彼女は暗がりから現れた。
「キリハラくん。どうしたの!?点滴かかえて松葉杖ついて・・・」
倉桐 結花(クラギリ ユイカ)。彼女は幼稚園の時からの友達だった。
どこか不思議で、どこか寂しいその雰囲気に、
アユムはいつも戸惑っていたような気がする。
容姿的にも、全体的にほっそりしていて、黄色のストレートな髪が彼女の不思議な感じをさらに際立たせていた。
でも、彼女に抜け目は無くて、辛い時いつも自分を助けてくれていたのは覚えている。
つかみ所の無い子、
これがアユムのユイカに対する印象だった。
「なんとなく、外に出てみたかったんだ・・・」
アユムはバツが悪そうに答えた。
しかし、対するユイカは無表情で、静かにアユムのそばまで来ると彼の体を支える。
「ウソ・・・。キリハラくん何か目的があったのでしょう?
はやく病室に戻ろう・・・」
さっきのバサバサという音の正体は、手に抱えられている花束だったらしい。
ユイカはそれを口にくわえると、自分の首の後ろにアユムの片腕を回してぐいっと持ち上げた!
と、その瞬間、なぜかアユムの脳裏に暗い病室の映像が浮かぶ!
さっきまでは怖くなかったのに、今となっては自分のベッドの下に何か化け物が隠れているように思えて仕方が無かった!
「ごめんクラギリさん。病室は嫌なんだ。」
アユムは思わず、声に出した。
「そう・・・。このお花、せっかく花瓶に挿そうと思ったのに・・・」
ユイカは言葉に反して残念そうな顔もせず、いったん花束を落として、アユムを廊下に座らせた。
そして、先ほど落とした花束をアユムの前に差し出してくる。
「これ、キリハラくんのお見舞い・・・。
夜に持ってくるなんて変かもしれないけど、
ここの所忙しくて・・・」
ユイカが暗闇で少し笑ったような気がした・・・。
そう、彼女は擬似空間に住む住人で、偽物のはずだった。
(でも、このリアルさはなんなんだろう・・・)
アユムはふと我に帰った。
(これじゃあ本物だ。本物の・・・ユイカ。
偽物らしくない・・・)
ユイカからは、さっきの教室で出会った、幼いころの自分と同じような感じがした。
どこかざわついていて、
空間との矛盾を抱えた、その存在・・・。
「この花、すごくいい香りがするのよ・・・。」
そんなアユムに気が付いていないのか、
ユイカは平然と花束の説明をしている・・・。
「ユイカ・・・ありがとう」
と、アユムはそれだけいって、花束を受け取った。
(この年齢だから、これだけの花束を買うのにかなりお金使っただろうな・・・)
アユムはそう思いながらユイカのことをボーっと見つめた。
この花束は現実の過去でもユイカからもらった覚えがある。
彼女は前から、友達に尽くすようなタイプではなかった。
ましてや自分にこんな額のお金をつぎ込むなんてありえない・・・。
アユムは神妙な気持ちでユイカを見ていた・・・。
(何度もらっても分からないものだな・・・。
こんなにすごい花束、今まででこのときが最後だけれど・・・)
でも、どっちにしろユイカのくれた花束をぞんざいに扱うことはしないつもりだった。
実際、アユムは今でもその花を一輪、押し花にして持っていたりする。
アユムは花束の花の香りをかぐうちに、
眠くなるのを感じた・・・
ザー−ザーザー−−−−
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