− 16 − ドラウン
アユムの精神体は深く・・・・深く・・・・
沈んでいった・・・
行き着く先はどこか分からない。
ただ、気だるさだけが全身を襲い、首を動かして下を見る気にもならなかった。
周りは、暗く、冷たい・・・・。
(ケイ・・・。一体何を使ったんだ?)
アユムはさっきからこの疑問を反芻していた。
ケイのあの突発的な行動が、アユムにはまったく理解できなかった。
(時空がどうとかと言っていたが・・・いったいどういうことなんだ・・・?
そもそも、話している時から何か様子が変だったような・・・?)
分析しても、分析しても、アユムの記憶からはそのヒントさえ割り出せなかった。
(ああ!頭がだるい・・・。
ここに居るとまどろみに落ちていくようだ・・・。
畜生・・・!)
と、思わず心の中で悪態をつく。
しかしそう思ったとたん、アユムの意識はすうっと抜けて、
さっきとは打って変わって暗闇を急降下していったのだった。
ザーーザーザーーーーーー
一瞬雑音が聞こえ、目がさめた。
気が付くと、そこは誰もいない小学校の教室だった。
なぜ、小学校の教室だと分かるのかというと、
そこが紛れも無くアユムが年少のころに通っていた学校の教室だったからだ。
窓側には夕日が差し込んでいる。
(ホウカゴか。誰もいないのは皆帰ってしまったから・・・?)
とっさに時計を見ると、なぜかそこには針が無かった。
(・・・そうか)
日ごろ抽象的な思考をしているアユムは、すぐに了解した。
ここは現実ではない。
かといって過去でも無い。
現実、あるいは過去を再現したイメージなのだと。
いわゆる、絵画と同じであり、コラージュに似たものであり、何も無い空間に誰かが作り出したものであるのだ。
でも、こういう場合は必ず作者がいて、作品を通してなにかを訴えようとするはずである。
だから、この空間はそれを裏付けるように、わざと現実とは異なる部分を作ってある。
「例えばこの時計、ここに時間の概念がないということを表している・・・」
アユムは時計を見上げながら、確認した。
ゆっくりと教室を歩いて回り、色々なものを慎重に観察した。
見ると黒板にはチョークと黒板消しが見当たらない。
アユムは黒板の前にそっと立つと暗い緑色の表面に指で触れた。
「チョーク、イコール、書くもの。
コクバンケシ、イコール、消すもの。
書くことと消すことが許されない、転じて、変わることが無いということ・・・。
この空間が普遍的であることを表しているのか・・・」
アユムは今度は後ろの方に歩んでいった。その過程で足がイスの一つにぶつかった!
「・・・」
果たして音はならなかった。
さっきからアユムがしゃべっていることからも分かるように、音自体が無いのではなかった。
イスがまったく動かなかったのだ。
「ん〜〜!」
思いっきり持ち上げようとしてもびくともしない。
そう、イスは「属性として」動かないのだ。きっとこれも普遍性を表しているのだろう・・・。
あきらめてアユムは端を通って教室の後ろの方へと回った。
その後、目にとまったものは教室の後ろに張られていたクレヨン画の数々だった。
「なっ・・・」
アユムは少し驚いた。だって、さっきまでクレヨン画の存在にまったく気が付かなかったのだ。
こんなに大量に貼られていれば、一番に目にとまるであろうクレヨン画が。
(この空間を作ったものは、どうやら順番に気付かせたいらしいな)
と、アユムは顔をしかめた。
そう、時計に注目するまで黒板の異変には気がつかなかった。
黒板に気がつくまで教室の後ろに行こうなどとは考えなかった。
つまりはそういうことである。
「ふう、はてさて。ここにはどんな違いが・・・。」
誰かの計画の上を自分が走らされているという、気持ち悪い感覚を払いながら、
アユムはクレヨン画を見て回った。
「3-4、きり原 歩・・・・・。」
ふとアユムの目が止まった。
自分の絵だ。
原色を使った風景画は丁寧に塗られていて、普通の子供がよく描くような、太陽と雲と家の絵だった。
「このころは純粋だった・・・。
自分は普通に生きていくのだと思っていた。
いや、それ以前に「例外」が存在すること自体知らなかったんだ。」
アユムは自分のクレヨン画を静かになでた。
頬を涙が伝っていることにも気が付かずに・・・。
「それなりに辛いことや哀しいことはあっても、精神的に病むことは無かった・・・。
鬱になり、何もかも息苦しく感じることなど無かった・・・」
アユムは目を閉じてクレヨン画に額をつけた。声は震えていて、上手く言葉を出せない・・・。
「・・・・戻りたい・・・・
この時間に戻りたい・・・!!
この純粋な時間に戻りたい・・・」
アユムは思い出したかのように、か細く叫んだ。
しかし、彼の声に返事をするものは何も無かった。
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