ー 5 ー    戦慄

「ねぇ、キリハラアユムってどう書くの?」
「霧吹きの「キリ」に、「ハラ」は原っぱの原で、
 「アユム」は歩くという字、一文字だ」
私の問いにアユムは、いや、歩はちょっと考えながら答えた+

私達は今、エレベーター内にいた。
グロウという部屋は30階にあるらしいんだけど、それにしては乗ってる時間が長いような気がする・・・。
アユムが言うことには、精密機械や実験生物体をエレベーターで運ぶときに
振動や強い重力があるといけないので、ゆっくり上がるように作られているらしいんだけど・・・。
そ、そういうものなのかなぁ?
「コスミは、
 湖の「コ」に、澄みきるの「スミ」だったな・・・」
忘れたころにアユムが話し掛けてきたので、私はちょっと驚いた。
アユムはそんな私の顔を片目で見るようにしてちょっと悲しそうに笑った。
「その名前をつけた親の意を汲み取るんだな」
・・・あまりにも唐突な言葉と行動だったので、
私はこのとき、彼の言っていることの矛盾に気がつかなかった・・・

そんなことをやっているうち、
トライアングルを叩いたときの音のような、
あのおなじみの音が鳴ってエレベーターのドアが開いた。
見ると一面配線とパイプだらけでときたま奇妙な叫び声が聞こえてくる!!
なんてことは無く、
見た限りでは1階と変わらない普通のオフィスビルだった。ちょっと、安心。
「この先少し歩きます」
久々に営業調になってアユムが言った*
って言っても、すでに彼は歩き出している。
幾分あきれて私がついて行くと
「疲れているでしょう?
 グロウに着いたらお茶でも召し上がってはどうですか、
 それから本題といきましょう」
と、うわべ感たっぷりの笑みで私に笑いかけてきたのだった。
アユムの言葉は今に限らずセリフがかっているような気がする。
今だって
ーお嬢さんお茶はどうですか?ー
くどき文句を棒読みするような
そんな具合だった・・・
「そうします」
だから、私は適当にあしらっておいた。
だっていちいち対応していたらこっちの身が持たないんだもん・・・(・○・)

その時!!
「・・・何か変な音がする」
アユムの表情が少し引きつった。
それは、何かを引っかく音だった。
いや、引っかくというよりも擦れている音というか、そんな感じだった。
心なしかその音はどんどん大きくなっている!
「チッ」
アユムが舌打ちするのが聞こえたので、私はたまらず口を開いた!
「ねえ、どうしたの??」
しかしアユムはそれには答えず、きびすを返してエレベーターの方へと走った!
もちろん私もそれに続く。
「ちっ」
また舌打ちするのが聞こえた。
見るとアユムは上方にあるエレベーターの階数を表す文字盤を見ていたのだった。
たった今21から20に点灯したところだ。
「まだ下りの20階だ!
 ここまで上がるのにしばらく時間がかかる・・・」
と、アユムは悔しそうにつぶやくと、
今度は打って変わって冷静な口調でこう言ったのだった
「ならば俺自ら引導を渡すしかないな・・・
 湖澄にはもう少しステップを踏ませたかったが・・・
 少しは危険な目に会うのもいいだろう」
危険な目・・・。
それは・・・何かって?
誰に教えてもらわなくても分かった。
なぜならそこには変な生物がたたずんでいたので・・・

ガリガリガリ・・・

そいつは人型をしていたけど頭が人間の二倍近くに膨れ上がっていて、
その腕もとても長く、ひじの様な節が四つもあった。
私はようやく、さっきの音はそいつの腕の長さが災いして先についたツメが壁を引っかいた結果発せられたものだとわかった。
「なかなかの上級イーターだ。
 こんなヤツを逃がすなんて、ユメナリめ・・・失態だな」
アユムはわけの分からないことをつぶやくと、
ボウゼンと立ち尽くしている私の肩を手で強く吹っ飛ばした
「ぐっ・・・」
私がバランスを崩して地面に転ぶと、
それと同時にいやな音が耳に届いてきた!
ガツッ
私がさっきまで立っていたところにはその変な生物の腕があった
そいつは私に狙いを定めて手先で突いたが、
アユムのおかげで見事にミスし、指を思いっきり壁に激突させたのだった!
しかし「激突した」といってもそんな柔なものではない、
そいつの指はもう・・・使い物にならなそうだった。
私の顔に血のようなものが降りかかる。
「大丈夫か!?湖澄!!」
アユムの声がとても遠くで聞こえた気がした・・・。
もし、私がいつもの状態なら
アユムが今までに一番心配していたことが分かっただろう。
でも、今は・・・・
逃れなければならないと思った、この戦慄の状況から・・・
「湖澄!!」
もう1度アユムの声。
顔をあげると、目の前にその変な生き物が長い腕を振り回し始めていた。
「くっ!」
私はほとんど何も考えずに攻撃をかわし、
しゃがんだまま前に直進してそいつをすり抜け背後に出た!!
自分の心臓がバクバクいっているのが分かる。
「湖澄・・」
さっきまで生き物をはさんで反対側にいたアユムがこっちの方に駆け寄ってくる。
「お前はここでじっとしていろ・・・。
 ・・・すぐに終わる」
その声は張り詰めていたけど、逆に優しい声で言われるよりはずっと安心できた。
アユムはこっちに向けていた顔を向こうにむけると、
右手を前に振った!!
「アド・イル・・・」
そっけなく紡ぎ出されたその言葉によってか、アユムの手から光が漏れたような気がした。
私がぼーぜんとしていると、アユムは突然丁寧口調で、
「まあ、見ていてください。
 すぐにコイツを消してご覧に入れましょう」
とちょっとおどけて言ってもう一回右手を振った。
「ドグマ・・・」
と、その瞬間奇妙な生物の体に数本の光が打ち込まれた。
そいつの体は不気味に宙を躍ると、
ボコボコと床に溶けた。
時間にするとほんの数十秒の出来事だ・・・
「・・・」
何も言えずにいる私、
「気絶してないか?くっくっく・・・」
そして心配しているというよりバカにしている歩の口調・・・。
しかし私は今それに反論することも忘れ、
ただガクガク体を震わせている・・・

ーこれはゲンジツなんだよ。お嬢さんー

また、あのくどき文句の口調のアユムがふぅっと頭に浮かんできた!
人間、混乱すると何が頭に浮かぶか分からない。
もっとも、私は人間ではないらしいけどー・・
「人間はたいてい、精神的な動きのほうが運動よりエネルギーを使うというが、
 アンドロイドも例外ではないよ・・・」
とアユム。
彼は毎度のことながら本題を先に口にしない性質らしい。
おかげで私はその言葉を最後まで聞くことが出来なかった・・・。
そう、頭の中がぼうっとしていた。
プツッという音とともに目の前が暗くなる。
体がぐらっとしたかと思うと今度は意識までユラユラてきて・・・
見るに見かねてアユムが支えてくれたころには
もう意識がなくなっていたのだ。
「長年きみを支えてきたバッテリーが切れたんだ」
アユムは、もう人形のようになっている私に笑いかけると
変わり果てた異形の生物の死骸を見た。
「意外とあっけなかったな。俺も腕を上げた・・・か」
そしてまた私に視線を戻す。
(まあ、単純に安息を求めるならそれも良いでしょう。
 でも、戦おうが逃げようがケッキョク行き着くところはみんなおんなじさ。
 例外は・・・絶対にない・・・) 
アユムは心の中で人知れず思った。
でも、
もし私がこの言葉を聞いたとして、
意味が分かるのはやっぱり彼だけだったに違いないだろう・・・

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